第2話 『 三男の恋愛事情 』



 大学2年になり、オレの通う医学部では専門教育が本格的に始まっていた。毎日、勉強や試験に追われる日々は、目まぐるしいほど大変だけど充実していた。その日も、講義が終わった後に友人達と居残って勉強していたのだが、途中でスマホの通知に気付き、メッセージを確認すると直ぐにオレは席を立った。
「悪い。オレ、用事出来たから、先に帰るから」
そう言うオレに、友人達は一様に野次を飛ばす。
「何だよ急に、彼女かよー」
「違うって、だから彼女なんて居ないって何度も言ってるだろ」
「絶対、嘘だよなぁ」
何度も居ないと言ってるのだが、友人達は全く信じてくれない。まぁいつものことなので、オレは友人達を適当にあしらうと学校を後にした。

 

本当に"彼女"は居ないのだが、友人達が疑いたくなる様な行動をオレが取っているのも確かだった。オレは逸る気持ちを抑えて、目的地へ急いだ。

 

オレの通う大学から徒歩10分ほどで、あるアパートに到着した。アパート2階の一番奥の部屋の前に立つと、いつも通り、一応インターホンを押してみる。ところが、案の定というか、何の反応も無かった。
「やっぱりダメか‥」
仕方なくオレは、持っていた合鍵を使って、ドアを開けた。
「お邪魔しまーす」
と言っても、どうせ返事がないのは分かっていたことだ。部屋に入ると、この部屋の家主は寝室より前の部屋で爆睡していた。
「また、こんな所で寝てるし」
いつものことなのだが、ベッドに辿り着く前に疲れ果てて、寝てしまうそうだ。その人は、オレと10歳年が離れてて、大人の男の人だけど、良く整ったその寝顔は子供みたいに無邪気で、ついオレが顔にそっと触れると、急にその手を掴まれた。
「何この手?どーせやんなら、キスとかの方が嬉しいんだけど」
不満そうにそう言われ、オレはやんわりと手を離した。
「何言ってんの‥それより、また夜勤明け?」
体を起こすと大きな欠伸をしてから、オレの質問に答えた。
「ふぁ〜‥あぁ、夜勤明けで、さぁ帰ろうと思ってた所で、教授に捕まって、そのままこの時間まで呑みに付き合わされた」
今はこんなだらしない感じだけど、これでもこの人は大学病院の医師で、こんなんでも実は結構優秀な医者なんだ。因みに、賀上 燈と言って、今オレが付き合っている人。
「呑みにって、ご飯は食べたの?」
「あぁ‥教授が奢ってくれたんだけど‥」
医局の人間関係は面倒な上に、燈の所は教授が女性ということもあり、苦労しているらしい。はは‥と笑うオレに、燈は予想外なことを言い出した。
「デザートが無かったんだ」
「は?」
オレが何を言っているのか確認をするよりも先に、燈はオレを押し倒し、その勢いのままキスをして来た。
「ちょっ‥ん!!」
口内を嘗め回すようにされて、離れる時も名残惜しそうにオレの上唇を燈の唇で甘噛みした。こんな時になんだけど、呑んだと言っていたのに、燈から酒の匂いはしなかった。何時、病院から呼び出されるか分からないから、付き合いでもあまり酒を飲まないようにしていることを、オレは知っている。酒の付き合いをさせられているのに、それを上手く飲まないように付き合うことは、きっと凄く大変なんだろうな。身体的にも精神的にも疲れ切っている燈に、オレが出来ることなどきっと少ないと思うけど、出来ることは何でもしてあげたいと思っている。そう‥思っているのは、嘘ではないんだけど、このまま行為に及ぼうとしている燈を、オレは止めた。
「ちょっと待った!!」
何故、止める。という顔をされた。
「ちょっとも、待てない。つか、今日泊まってくんだよな?」
ああ‥やっぱり、そう思ってたよね。スマホに通知来て、会えるのが嬉しくて、すっ飛んで来たのは良いけど、こんなことしてる場合じゃないのをふと思い出した。
「ごめん‥休み明けから試験だから、今日は燈の顔見たら帰ろうと思って‥」
燈は仕事が忙しいし、オレはオレで医学生は授業がぎっしりだし、二人が会える時間は結構限られている。それでも、会える時はなんとか時間を作って会いに行けるように、燈は家に着くといつも、オレに一言メッセージを送ってくれる。オレはそれを確認すると、行けない日はメッセージを返信し、行ける時はこうしてアパートに直行する。そう言う日は、決まって泊まって行くことが多い。
「何だよ‥デザートおあずけかよー」
そっぽを向いて、機嫌を損ねてしまった燈に、オレは正直な気持ちを話した。
「だから、ごめんって‥オレだって泊まって行きたいけど‥試験落としたくないし‥だけど、どうしても燈に会いたかったから‥」
そう言うオレを燈は、ぎゅっと抱き寄せた。
「お前、ズルイぞ‥」
「え‥?ズルイ‥かな?」
「ズルイだろ。そんなこと言われたら、帰したくなくなるだろ」
燈は、またオレにキスをしてから言った。
「分かった。今日は我慢するから、試験終わったら何か食いに行こう!何が食いたい?」
オレはクスクス笑いながら答えた。
「燈の手料理」
「お、何だよ、そんなんで良いのか?」
レシピとか見ないで適当に作る燈の料理が意外と美味しくて、オレは好きなんだけど、いつも疲れてる燈に作ってくれとリクエスト出来ずにいたので、良い機会だと思った。でも、そんなオレに燈はクスと笑って、頭をぽんぽんと撫でた。
「欲の無いヤツだな。でもま、リクエストされたからには腕を振るおう!」
「ああ、楽しみにしてるから!」
名残惜しかったけど、試験明けの楽しみも出来たし、その日はそのまま帰宅することにした。

 

 

 

 オレと燈が出会ったのは、今からちょうど1年くらい前、オレがまだ大学に入って間もない時だった。友人達と下校途中に、急に前を歩いていた人が苦しみ出してバタリと倒れ込んだ。突然のことで、友人も路上を歩いていた人も皆、戸惑っていた。オレは無意識に体が動き、その人の所へ駆け寄った。
「あのっ大丈夫ですかっ!?」
オレがそう声を上げると周りの人達も、緊急事態だということを自覚したのか、友人達も駆け寄ってきた。とは言ってもこんなところに遭遇したのは、オレも初めてのことで、直ぐに駆け寄ってはみたものの、かなり動揺していた。
(こう言う時は、先ずどうすれば‥!?)
頭は真っ白で、とにかくどうにかしなきゃと思って、オレがしたことと言えば‥。
「だっ誰か救急車をっ」
オレのどうしようもないそんな声を遮るようにして、一人の男の人が人混みを掻き分けて、駆けつけた。
「どうしました?大丈夫ですか?聞こえますか?」
男の人は、話しかけて意識がないことを確認すると、同時に手首から脈を確認し、素早くスーツの上着を脱ぎ捨てて言った。
「君は、救急車を呼んで。それから、そっちの君はAEDを持って来て!」
周囲の人達に指示を出すと、直ぐにその人は心臓マッサージを始めた。オレは言われた通りに、救急車を呼んだ。その男の人はスーツを着ていたけど、とても普通のサラリーマンとは思えない手際の良さだった。それから、その人の心臓マッサージとAEDのおかげで、倒れ込んだ人は、無事息を吹き返した。その時、ちょうど救急車が到着した。男の人は、救急隊員に状況を伝え、そして自分の身元を明かした。
「私は東名大学附属病院の医師です。私も同乗するので、患者さんを東名大学附属病院へお願いします」
「分かりました。では、乗って下さい。他にこの方の、身内の方か知り合いの方は居ませんか?」
救急隊員のその言葉に、咄嗟にオレは答えた。
「オレが始めに駆けつけた時、近くには誰も居なかったので、恐らく‥一人だったと思います」
「そうですか。じゃあ‥」
「あのっ、知り合いじゃないですけど、オレも連れて行ってくれませんか!?」
一緒に行ったからと言って、オレに何が出来る訳でもない。だけど、これで見送ってお終いにしたくは無かった。オレの申し出に困惑する救急隊員の代わりに、さっきの男の人が問いかけて来た。
「君は、東名大の生徒?」
ここから、大学が近い場所にあることや、オレの年齢からそう予想したのだろう。オレは肯定の意味で頷いた。
「はい‥東名大の医学部です」
医学部の生徒が、何も出来なかったなど、恥でしかないけど、オレは正直にそう話した。すると、その人は救急隊員に向かって言った。
「彼も同乗させて上げて下さい」
「分かりました」
そして、オレは救急車に乗り、東名大学附属病院へと向かった。

 

 

それから、病院に到着すると、患者さんは運ばれて行った。医師と名乗ったその人は、状況を他の医者に引き継ぐと、オレの所に戻って来た。
「君、名前は?」
「双海‥初葵です」
「良し、じゃあ双海くんはこっちへおいで」
オレは、言われた通り、その人の後について行った。連れて来られたのは、休憩室のような所だった。椅子に座ると、その人はオレの前に膝をついて、握り締めていたオレの手に触れた。
「力を抜いて、そっと手を開いて」
「えっ‥」
そう言われるまで、こんなに強く握り締めていたことに気付かなかった。そうしていないと、手が震えるんだ。ゆっくり手を開くと、爪が食い込み血が出ていた。その人は、ナースステーションから借りてきたと言って、消毒をしてくれた。それから、何も言わずにオレの隣に座った。
「オレ‥医学部に通ってるのに、何も出来ませんでした‥」
出会って間もない人間に何話してんだって、思ったけど、何故か不思議とこの人に聞いて貰いたいと思ったんだ。
「そっか、双海くんは、今医学部何年?」
「1年ですけど‥」
「じゃあ、大丈夫だ。君は、医者として一番大切なことを分かっている。行動も出来る。ただ、足りないのは知識と経験だけだ。知識と経験は、時間をかけて積み重ねるしかないからね」
分かっていると言われても、正直なところオレには分からなかった。
「オレにはあなたの言っている意味が、分かりません。医者として一番大切なことって、やっぱり知識とか経験なんじゃないんですか?」
オレの言葉に、その人はクスと笑った。
「どうだろうな。俺は他にあると思うけど‥分からないならいいよ」
いいよって、ここまで話しといて、教えない気だろうか。そう思っていたのが、顔に出たのか、その人はまたクスと笑った。
「君が医者になったら、その内分かるかもな」
やっぱり教える気はないらしい。それでも、"大丈夫だ"って言って貰えたことが、へこんでいたオレの気持ちを立ち直らせてくれた。立ち上がって、お礼を言おうとしたところで、その人の携帯が鳴り響いた。
「はい、賀上です。はい‥いえ、今院内にいるので、直ぐに行きます」
電話を切ると、オレに向かって言った。
「じゃあ、呼び出しだから俺行くけど、気をつけて帰るんだぞ!」
それだけを言い残して、直ぐに立ち去ってしまった。
「お礼も言えなかった‥」
考えてみれば、名前すら聞いてなかった。
「確か、さっき電話で"賀上"ですって言ってたっけ?」

 

 

出会いはまぁ、こんな感じで、オレと燈が話した時間はほんの数分だったかもしれないけど、あの時のことは今でも鮮明に覚えている。
そして、その後どうなったかと言えば、家に帰って病院と名前で検索をして、燈のことを知った。その時は、ただの興味本位だったんだけど、翌日、学生証を無くしていることに気付いた。昨日、学校を出るまでは持っていたのを確かに覚えている。そうなると、あのごたごたの後にどこかで、落としたらしい。ごたごたのあった現場へも行ってみたけど、見つからなくて、最終的にもしかして‥と思って、大学病院へ燈を尋ねてみることにした。
「あの、賀上先生って居ますか?」
ナースステーションでそう聞くと、近くに居た看護師さんが答えてくれた。
「賀上は、本日はお休みですけど‥あなた、どういうお知り合い?」
オレは、掻い摘んで燈とのことを説明し、学生証を無くしたことを話すと、今度は話しを聞いていたらしい別の看護師さんが話しに入って来た。
「あら?その学生証なら、休憩室に落ちていたのだけど、賀上先生が知り合いのだから、届けてくれるっていうんで、渡したのよね」
「え‥じゃあ、今は‥」
「さぁ?その後、どうしたのかは分からないけど、賀上先生が預かってるのは確かね」
学生証は再発行できるが、手続きが面倒で、その上、時間がかかる。明日には試験を受けるのに、必要なので、これは不味い。
「あのっ連絡とかって取れないですかね?」
そう簡単に個人情報を教えてくれる訳がないと思い、教えてくれなくても連絡してくれないかと、お願いすると、親切な看護師さんですぐに電話をしてくれた。
ところが‥
「ごめんなさいね。私用の電話に出ないのよ。緊急用の携帯鳴らせば、直ぐに出るとは思うんだけど‥急患じゃないから、流石にね」
「ですよね‥」
オレにとっては緊急事態だが、そもそも落とした自分が悪いのであって、流石にそこまでして下さいとも言えなくなった。
「すいません。ありがとうございました」
肩を落として歩くオレを、看護師さんは引き止めた。
「あ・ちょっと待って」
そう言って、看護師さんは地図が書かれたメモを、こっそりオレに手渡した。
「本当は、教えちゃいけないから、皆にはナイショね」
それは、燈の家までの地図だった。悪いとは思ったけど、折角貰った情報なので、有効活用した方が良いと思い、オレは地図を頼りに燈の住むアパートに向かった。

 

燈の住むアパートに着いたオレは、恐る恐るインターホンを押した。ところが、2、3回押してみたんだけど何の反応も無かった。電話も出なかったし、何所かに出かけているのかもしれない、と思ったんだけど、折角ここまで来たことだし、一応ドアに手をかけてみたら‥開いてしまった。
「あれ‥鍵が開いてる」
どうしようか、少し迷って考えた後に、思い切って部屋の中へ入ってみることにした。泥棒がいたらどうしようとか、色々考えたんだけど、電話にも出ないとなると、まさか部屋で倒れてたりしないよな‥。そんな心配をしつつ、奥の部屋まで進むと、うつ伏せになって倒れている燈を発見した。
「賀上先生、大丈夫ですかっ!?」
まさか心配していた事態が本当になってしまい、オレは慌てて駆け寄った。昨日の今日で、また人が倒れている所に遭遇するなんて‥そう思ったけど、昨日のように何も出来なかった自分ではいたくない。そう思って、燈の体を仰向けにすると、まるで眠っているような‥。
「あれ?息もしてる」
顔の辺りに手を翳すと、呼吸をしているのが分かった。つまり、ただ寝ているだけのようだった。
「ん‥」
体を動かされて、やっと目が覚めたのか、燈は寝ぼけ眼でオレを見て言った。
「は‥腹減った‥」
「はい?」
予想外のコメントに、オレは思わず、間抜けな声を出してしまった。燈は、それだけを言い残すと、またすやすやと寝息を立てて、眠ってしまった。
「他人が家に侵入しているのに、それで良いんだろうか‥」
自分で侵入しといて何だけど、なんだかこの部屋のセキュリティの甘さが少し不安になった。良く見ると部屋も割りと散らかっていて、昨日出会った、医師としての燈の印象が変わった気がする。こうして、鍵をかけ忘れて爆睡していたり、部屋が散らかっていたりして、なんだか少し身近に感じられたんだ。
「良し!やりますか!」
オレは寝室からかけ布団を持ち出すと、寝ている燈にかけてから、キッチンに立った。冷蔵庫にはかろうじて食材があった為、使わせて貰った。そうして料理を始めること30分くらいした頃、急に後ろから声をかけられた。
「お、美味そうだな」
「うわっ!」
気配がしなかったから、急に声をかけられて、正直驚いた。しかも、何故か上半身裸だし‥。
「ちょっ何で、裸なんですか!?」
燈はタオルでごしごしと頭を拭きながら、答えた。
「いや‥シャワー浴びてきたから」
「え?シャワーって、いつの間に‥」
バスルームが何所にあるのか確認した訳ではないが、恐らくキッチンの前を通過しないと行けないと思ったので、不思議だった。だけど、燈はどこか得意気に、タネ証しをした。
「這って行ったからな」
道理で気付かない訳だ。態々、バスルームまで這って行くって‥
「あんた何してんですか!?」
怒鳴るオレに、燈は不服そうな顔をした。
「そんなに、怒ることないだろ。歩くのが面倒な時もあるだろ?」
適当なことを言い出す、燈にオレは半ば呆れながら言った。
「ありませんよ!もういいから、早く服を着て来て下さい!」
そう言ってオレが背中を押すと、燈は仕方なく寝室の方へ移動した。燈が着替えている間に、オレはテーブルに出来たての料理を並べた。そして、並べ終えた頃に、ちょうど燈が戻って来た。
「これ、食っていいの?」
「はい、どうぞ」
オレがそう言って箸を渡すと、燈は嬉しそうに「いただきます」と言って、オレの作った料理を食べ始めた。そうして落ち着いて、ふとオレは我に返った。
「あの‥色々すいません‥」
「色々?」
「いや‥オレ、勝手に家に上がった上に、勝手にキッチン使って料理までして‥」
本当、何やってんだろう。と自己嫌悪に陥るオレに、燈は特に気にした様子もなく答えた。
「気にするな。こうして美味い飯まで作って貰って、文句なんか言ったらバチが当たる」
怒られなくてほっとしていたのだが、その後、燈は急に思ってもみなかったことを言い出した。
「あのさ、提案なんだけど、たまにで良いから飯作りに来ない?」
「は?」
バスルームに這って行ったり、ちょっとぶっとんでるな、とは思っていたけど、何を言ってるんだろう、この人は‥。
「医学部って勉強すること多くて、バイトしてる暇も無いだろ。バイト代ちゃんと出すから!頼む!」
手を合わせて、頭を下げてそう頼み込む燈は、どこか必死にも見えた。どうやら、冗談ではないようだった。正直な所、確かに勉強が忙しくてバイトをしている時間はないが、実家の神社の手伝いは普通にしているので、お金には困っていなかった。逆にここで、この提案を引き受けてしまうと、神社の手伝いだけでは済まなくなり、オレの勉強する時間が減ってしまう。そう思って、断ろうとしていたのだが、燈は大人気ない行動に出た。
「引き受けてくれなかったら、コレどうしようかな〜」
そう言って燈が見せたのは、オレの学生証だった。そもそも、今日はそれを返してもらおうと思って来たんだった。
「あっ!オレの学生証!返して下さいよ!!」
身を乗り出して取ろうとしたけど、ひょいと避けられてしまった。
「卑怯ですよ!」
「何とでも言え。これが大人のやり方だ」
何か開き直ってるし‥。
「良いのかなー?これが無いと試験受けられないと思うんだけど」
確かに、試験を受けれらないのは非常に困る。悔しいが、この場を収める方法は一つしかないらしい。
「あーもう、分かりましたよ!やります!やらせて頂きます!!」
オレの言葉を聞いて、燈は嬉しそうに学生証をオレの手に乗せた。
「じゃあ、明日からよろしく!」
「あ‥明日‥」
こうしてオレは、出会いからたった2日にして、燈のご飯を作りに来るというバイトをすることになった。
それから、オレは時間が合う時は、燈のご飯を作りに行くようになり、徐々に仲良くなって行った。仕事を全力でやるから、アパートに帰って来ると、電池が切れたようになり、まともな食事もあまりしていなかったという。だから、ご飯を作ってくれる人がいたら良いなと思って、そんな失礼な理由で付き合った人も居たけど、案の定、長続きしなかったそうだ。顔が良くて、しかも医者なんて、モテる要素しかないのに、ちょっと性格に難有りとか、残念な人である。ところが、そんな燈のことを知れば知るほど、オレの中で、ある感情が変化しようとしていた。

 

初恋も初めて付き合った人も、みんな女の子だった。だから、最初はなかなかこの気持ちの変化に戸惑うしかなくて、自分の気持ちなのにもどかしいって思った。何度も、錯覚だ間違いだって、自分の気持ちを誤魔化そうとしたけど、出来なかった。オレは、10歳も年の離れた同性相手に、恋心を抱くようになったんだ。

そして、燈への気持ちを自覚したある日のこと、いつものようにご飯を作りに燈のアパートまで来ていた。ところが、その日は、部屋に着く直前に、燈から電話があった。
「もしもし」
『初葵、悪い!ちょっと、急な来客の予定が入ったから、今日は作りに来なくていいから』
今までにも、病院からの呼び出しとかで、よく予定をキャンセルすることはあったけど、最近は、燈の所に行くのを楽しみにしていたので、とても残念に思っていた。
『もしかして、もうアパート来てたか?』
本当は来ていたけど、燈に気をつかせまいとして、オレは嘘をついた。
「いや、これから出ようと思ってた所だから、大丈夫」
『そうか、なら良かった。それじゃあ、また連絡するから』
電話を切って、来客って誰なんだろう‥と思いつつ、アパートの燈の部屋のドアを見ていると、ちょうどその時、30代くらいの綺麗な女の人がやって来た。燈はその人を笑顔で部屋に招き入れた。
「何だ‥そう言うことか‥彼女が来るから、オレが邪魔ってことか‥」
正直、ショックだった。彼女が居るなら居ると言って欲しかったし、彼女がいるのにあえてオレにご飯を作りに来させてるってことは、オレは本当に燈にとって、ただの都合の良いヤツでしかなかったのだ。燈が自分のことを好きかもしれないとか、そんな期待をしていた訳ではないけれど、仲良くなれた気がしていたのは、ただのオレの思い込みだったのかもしれない。

 

それから、オレは燈の所へ行けない理由を作っては断ってを何度か繰り返した。そんなことをしていれば、燈もオレの行動が不自然だと思い始め、ある行動に出た。

その日、授業を終え帰ろうとしていたオレの前に、燈は現れた。
「双海くん、ちょっと顔貸してくんない?」
不良の呼び出しのような台詞を言うから、一緒に居た友人に心配された。
「おい、初葵、誰だよ?大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫。この人、一応東名大の医師だから‥取りあえず、ちょっと行って来る」
友人にそう言い残し、オレは燈について行った。大学の構内だったし、ここで行く行かないで燈と揉めたくないと思い、オレは黙って燈の後をついて行った。怒っているのか、燈も無言のまま、結局燈のアパートに連れて来られた。部屋に入ると、燈が飲み物を出してくれて、オレは椅子に座り、燈は腕組をして近くの壁に寄りかかっていた。
「何で俺を避けてる?」
「別に‥避けてる訳じゃありません。たまたま、ここに来られなかっただけで‥」
苦しい言い訳をするオレに、燈も納得してくれる筈もなく‥。
「なら、明日は来られるのか?」
オレには、こうやってただの都合の良いヤツとして、ここに通い続けることなんて出来ない。好きな人の傍に居られれば、それで良いなんて思えない。だったら、この関係を終わらせるしかない。
「オレなんかじゃなく、彼女に‥作って貰って下さい」
オレの言葉に、燈は少し固まってから答えた。
「ん?彼女って誰?何?お前の彼女?」
燈は、オレが何を言っているのか、分からないという顔をした。最初は惚けてるだけだと思ったが、どうもそうではないようだった。
「え?あれ?だって、この前‥来客の予定があるから来なくて良いって言われた日、本当はオレ、アパートまで来てたんです。そうしたら、綺麗な女の人が部屋に入って行くのを見て‥あの人、賀上先生の彼女じゃないんですか?」
オレの問いに、燈は、腹を抱えて笑い出した。
「あははは!何だよ、そのお約束な勘違いは!?」
「お‥お約束な勘違い?」
「いやーだってその女、俺の姉貴だから」
そう言って燈は、スマホに入ってる、写真を見せてくれた。その写真には、この前の女の人とそれと男の人と子供が写っていた。
「これ、姉貴夫婦とその子供な」
「え‥嘘‥本当に彼女じゃ無かったんですね‥」
明らかにホッとしていると、燈はズバリ、オレの気持ちを見抜いていた。
「なぁ、俺に彼女がいると、何で初葵が俺のこと避けるんだよ?」
「いや‥そ、それは‥彼女が居るなら‥オレなんかが料理するより‥彼女に作って貰った方が良いと思ったから‥」
動揺しまくりで、そう答えるオレに、燈は予想もしていなかったことを言い出した。
「あーあ、何だそれは残念だな。てっきり、妬いてくれたのかなって期待したのにな〜」
「き、期待って、それじゃあ、まるで‥」
燈がオレのことを好きだと、言っているようで、はっと気付いて顔を上げると、燈は呆れた顔をしていた。
「何だよ、まかさ気付いてなかったのかよ。結構、あからさまに態度に出してたつもりだったんだけど」
オレは思いっきり動揺しながら、顔がかぁと熱くなった。恐らく真っ赤になっていたに違いない。
「そ、そんなの分かりませんよ!オレ‥男だし‥歳も離れてるから、絶対にそう言う対象に見てもらえないって思ってたからっ‥」
燈は、必死にそう話すオレにくすくす笑いながら言った。
「なぁ、それって告白と受け取ってオーケー?」
そのつもりはなかったんだけど、思い出してみれば、確かにこれはただの告白以外の何者でもない‥。こうなっては止む終えず、オレは黙って肯定の意味で頷くと、燈は満足そうに笑った。
「良し、素直で宜しい!じゃあ、飯作ってくんない?俺、腹減って死にそう‥」
そう言って、燈はその場にバタリと倒れた。
「えっちょっ!先生ー!?」
実は夜勤明けで朝も昼も抜いて、オレの所へ来たことを、後から知った。オレはその日、久しぶりに燈の為に腕を振るった。

 

 

 こうして、オレ達は付き合うことになり、今に至るのだった。尤も、普通のカップルと同じとはいかず、戸惑うことも多かったけど、燈と二人なら、どんなことでも乗り越えられる気がした。
確かにそう思っているのに、この先、オレ達の関係を揺るがす、事態が起こることなど、今は知る良しもなかった。

 

「ただいま」
家に帰って来ると真っ先に、兄の伊若くんが飛び出して来た。
「初葵くん!大変、大変なんだよー!!」
伊若くんは半泣きの状態で、オレに飛びついて来た。
「ど‥どうしたの?」
「初馬くんから電話があって暫く家に帰らないって言うんだ!!ど、どうしよう!!」
「え‥初馬が?」
オレは取りあえず伊若くんを落ち着かせて、どういうことか話しを聞くと、オレの双子の弟・初馬から少し前に電話があり、『友人の家に泊まるから、暫く家には帰らない』とそれだけを言って電話を切られたそうだ。初馬はあまり社交的な人間じゃなく、友人はいるが、人の家に泊まってまで交流をするようなタイプではない。それも、一日泊まるくらいならまだしも、暫くとなると、今までにはなかったことなので、伊若くんも心配しているのだろう。
「初葵くん、どうしよう‥これって、家出ってやつなのかな?」
「うーん、どうだろう‥」
家出って言っても、一応連絡はあったし、実際は暫く帰らないと言っているだけで、まだ1日も経過していない。今のこの状態で家出と断定しても良いものだろうか‥。オレの煮え切らない返事が不服だったのか、伊若くんは、思い切ったことを言い出した。
「警察に行こう!」
「え?」
「警察に行って、捜索願を出そう!」
そう言って歩き出す伊若くんをオレは慌てて止めた。
「ちょっと待って!今の段階で家出と断定するのは、まだ早いんじゃないかな。もしかしたら、明日ひょっこり帰って来るかもしれないし、2、3日様子をみた方が良いと思うけど」
伊若くんは小さい頃から、ズバズバ物を言う兄さんに慣れ過ぎていて、曖昧な言葉を使うと混乱してしまう。分かっていたのに、オレが曖昧な言葉を使ったからいけないんだ。そう思って、言い直すと、ちゃんと思い直してくれた。
「分かった。初葵くんが、そう言うならそうする」
何とか、その日は伊若くんを納得させたけど、確かに、あの初馬が友人の家に長居するなんて、違和感のあることだった。本当に家出をしたとすると、家に居たくない理由でもあるってこと‥そう思うと最近、一つ気になっていることがあった。理由は良く分からないけど、ここのところ、初馬に避けられているような気がしていた。明らかではないから、本人に聞いて確認はしてないけど、気になってはいた。
「もしかして、オレのせい‥?」
確信はないけど、そう思い始めると、本当に自分のせいなんじゃないかと、不安が広がって行った。
そして、それから3日を過ぎても初馬は帰って来なかった。

 

終了